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宗教とは

1 :名無しさん@1周年:03/01/10 02:29
宗教とは、しょせん集団を管理するための方法でしか過ぎないと思うけどどうよ。

たとえばキリスト教は、キリストというカリスマを利用して集団を管理しただけだし、仏教は自己を錬磨することでの自己統制により社会的な人間になるということだし、今はアメリカ教が世界を席巻しているわけだね、これは。

ただ、問題なのが、キリスト教でもなんでも、それを維持するために行動しているという事だと思うけどどうよ。


2 :名無しさん@1周年:03/01/10 02:43





アレクセイヤグディンヘアヌード画像キボンヌ!!






3 :名無しさん@1周年:03/01/10 05:47
>>1
死ねよ

4 :名無しさん@1周年:03/01/10 05:59
山奥に隠って仙人になるとか言ってる宗教はどうなるの?

5 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/10 06:48
>>1
何某かの主張をお持ちの様ですが、もう少し解り易く為らないでしょうか。

>宗教とは、しょせん集団を管理するための方法
では、宗教とその他の社会通念(法律・経済・政治等)との境界線は、
どう設けるべきなのでしょうか。
俗に「管理社会」と云う語が用いられているのを、屡、耳にしますが、
その場合の「管理」は宗教によるものでしょうか。

>キリストというカリスマを利用して
「カリスマ」と云う語の使い方が、誤って居ると思われますが。
「カリスマ」とは、非凡な才能(能力)の事であり、人物・事物ではありません。

>社会的な人間
この語句も、何を謂わんとしているのかが、不明瞭です。
人間が集団で構成する一定の生活の場が「社会」です。
言い換えれば、「木のような葉」と言っているような語句です。

6 :名無しさん@1周年:03/01/10 09:01
ここは1のような
当たり前のこと言っただけで
死ねとか言われる板なのか

7 :名無しさん@1周年:03/01/10 09:05
>>6
自演みっとも

8 :名無しさん@1周年:03/01/10 09:29
>>6 違うもっと殺伐としている。スレを立てただけで死ね、またはチンコ見せろと言われる世界。
素人はスレ建てちゃダメ。

9 :wise:03/01/10 09:48

宗教 = 集狂


10 :名無しさん@1周年:03/01/10 09:52
>>9
アカは北チョンへ帰れ!

11 :名無しさん@1周年:03/01/10 09:57
いい年した社会人の男がおおぜいでフンドシひとつで街を練り歩く

こんなこと普通じゃ考えられないけど「宗教」の名のもとに祭りとし
てそれをやるなら簡単に容認されてしまう。
宗教って
      馬鹿騒ぎをするためのちょうどいい言い訳
                                 に使えるよね

12 :名無しさん@1周年:03/01/10 14:07
>>1
宗教で社会の管理ができるならば、宗教の力は素晴らしいっ事になりませんか?
1さんの本当に言いたい事がよく解りません、もっと詳細にお願いいたします。
それと何故管理されていると感じたのか、具体的にヨロシク

13 :名無しさん@1周年:03/01/10 14:11
>>12
それなら、宗教イランと思うが。
国民全員、予防接種感覚でロボトミー手術。
頭の中にトランスミッター埋め込んで、気持ちいい波をずっと出しておい
て、言うこと聞かない奴の波は止める。つーか苦痛に変える。

14 :名無しさん@1周年:03/01/11 05:13
宗教とはだから、集団を強制させるための足かせだっちゅうの。
ちゅうか俺理論では政治も経済も法律も宗教も、社会システムを構築する方法論の一つと認識していますよ。

あ、べつに批判しているわけちゃうよ、宗教を。

そして、社会的な人間って、人間が群がっても問題を起こさない人間の事ね。

ついでに、祭りなどの祭事はモチベーションを上げるための儀式で、トランスとかクラブとかと突き詰めれば一緒だよ。

最後にカリスマの使用は・・・間違ってました、むしろ「キャラクター」という表現の方が伝わりやすかったようですね。

でわでわ

15 :至尊:03/01/11 05:56
宗教は、然様な高尚なものではありません。
只のひつまぶし・・もとい、暇つぶしです。

16 :名無しさん@1周年:03/01/11 08:53
俺様クソとHした〜〜〜〜〜〜い!!!!

17 :万年救護大本尊の朴蓮:03/01/11 13:15
ライブやコンサート
でも人は集まるぞ。
考え過ぎ。

18 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/12 00:53
>>14
多分、吾儕の書き込みに対してのレスだと思いますので、レスさせて頂きます。

和殿の仰る事は、多分、理解出来たかと思いますが、確認させて頂きたい。
つまり、
    宗教とは、社会システムの一方法論であり、社会(民衆)の管理を目的としている
と云う事でしょうか? と云うのは、先にもお尋ねしましたが、宗教の目的(及び意義)を
社会管理と仮定すると、その他の社会構成概念及び行為との境界線は、
その機能面では、存在し無いと云う事になりますが。その場合、宗教を宗教足らしめる
条件は、目的(意義)にではなく、内含する諸要素に求められると云う事ですね?

因みに、宗教祭儀(祭祀・儀式等)に関しては、その宗教的信念を共有している
特定の集団を構成する人的関係を強化する事が目的と、社会学的研究では、
ほぼ定説となっておりますが、その点では、如何でしょうか。
トランス等の(モーティヴェーションを上げる)状態は、祭祀プロセスの通過的状態であり、
その目的ではないと、吾儕は考えて居りますが、和殿のご意見は、如何なものでしょうか。

19 :名無しさん@1周年:03/01/12 01:40
まず、おおむねその通りです。

そして、トランスやディスコといったものでたとえたのは、そこでの個人の目的の内大半が共有の価値観を見いだす為だと考えています。
ですから、集団の構成する人間関係の強化という記載はあっていると思いますよ。

ちなみに、トランスというのはたしかにtranceすなわち一種の興奮状態や恍惚状態を促す音楽形態をあらわしていますが、そこへ参加しているのはあくまでも集団意識を、トランスという音楽で一体感を味わっているという点で、今流行っているのでつかっているだけです。

そして、持論ですが、宗教と政治は突き詰めればまったくおなじものだと考えています。
違いは文系か理系かぐらいだと思っていますよ。

あ、たとえばイニシエーションなどの通過儀礼などもあるかもしれませんが、それはさまざまな社会機関に属するために受ける資格試験や評価などと、自分は変わらないとおもっています。



20 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/12 01:55
>>19
成る程。
理解しました。

トランス(音楽)に関しては、和殿の仰る意味で理解しておりました。
元は、脱魂や憑霊状態(若しくはその状態を誘発する為の前状態)ですが。

さて、そうすると、先にも述べた宗教の目的ですが、それを「管理」と認識すると、
その「管理」の目的が論点になると思いますが。
何の為に「管理」するのか、ですね。
神の存在や宗教の有意義性に何の疑いも持たれていなかった頃、
宗教は聖なる軌範(正しい生活規準)を維持する為の社会体系だったと、吾儕は認識して居ります。
つまり「より良い社会」を築く為の方法論ですね。
現代社会では、この意義(「管理」)とは、何を意味するか、何を意図するか、
和殿の「管理」に関する意見を御聞かせ願いたいと思います。

それと、>違いは文系か理系かぐらいだと思っていますよ
は、非常に興味深い考察だと存じますが、詳細を御願い出来ますか?

21 :名無しさん@1周年:03/01/12 03:03
まず、なぜ管理するのかといえば、種の保存の法則において人間という種を保存する上で、
この地球の過酷な自然環境で生き残るために集団で行動しないといけないんだけど、まる
で頭の良い悪ガキみたいな人間があつまるわけだから何をしでかすかわからないわけです。
さらに「個」というものをものすごく持っているおかげで他人を他の動物としても認識し
てしまう為殺人までやっちゃって、種の保存もくそもない危険性もはらんでいます。
そこで、とりあえず人間が社会的に成熟するまでは誰か管理しないといけないと考え、そ
の方法論として、見えざる者に対する恐怖心と信仰心を利用すれば良いのではないかと考
えた一人の天才が生み出したものが宗教だと考えています。
しかし現代では「個」というものを向き合い考えるだけの時間がある人口が増えているた
め、特に日本では「管理」とはいわば持ち回りの一種として片づけられ、宗教も選択して
習熟するために技能や考えの一つと考えることができていると思います。
それでも未だにそんな時間も金もない国も存在し、そこではやっぱりとりあえず一つの目
標のために宗教を使って管理統率している社会がある現実もあるわけです。

あと、理系と文系というのは、社会構造を因数分解する考えを持った人が作ったものが国
家で、観念的に集まった集団が宗教だと考えています。
すなわち、因数分解されたものは理解しやすく管理しやすいが、計算処理が失敗するとす
ぐ空中分解する危険性をはらんでおり、観念的に集まったものは結束力が強いが押しつけ
がましいため武力抗争が絶えなくなるという危険性がはらんでいるのではないかというの
が、自身の考えです。

ま、その理論で行くと、今もっともうまくいっている社会システムは「経済」という貨幣
価値を基準にしたシステム、すなわち「金」教だと思っているわけです。
もっとも即物的で即効性があって、それでいてすぐ悪者扱いされている貨幣経済。
これほど神と悪魔、国家と敵国という考えに取って変わった損得勘定が、今の世界を席巻
しようとしているわけです。


22 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/12 07:04
>>21
「種の保存」を目的とした「管理」が、「宗教」体系のアウトプットだとすると、
多夫多妻的な倫理観を伴った方が、より効率良く目的を成就出来ると思いますが、
概して、その社会形態を否定する宗教倫理は多いですよね。
「種の保存」と「個の保全」とは、どちらがより、原初的な思想でしょうか。
先ず、「個」と云う意識が生まれるためには、その「個」のアイデンティティーが
必要不可欠ですよね。「個」を「他」と切り離して見る為の基準値ですね。
「個」の意識が強く現れなかった時代と、現れた時代との違いなどは、
埋葬の習慣を見ると、明らかかと思います。
その「個」が集団となって形成する「社会」と云う観念は、どうでしょうか。
「クニ」や「ムラ」などの形成ですね。
しかし、それは「種」と云う意識とは、別のものだと思います。
「種」の保存と云う観念は、本当に、原始宗教体系から見られる要素でしょうか?
また、民俗宗教では、どうでしょうか。
例えば、イタコなどの伝統で、「種の保存」と云う意識があるでしょうか?
そこにあるのは、「個」と「世界」との関係ではないでしょうか。

23 :名無しさん@1周年:03/01/12 23:53
種の保存とは、意識ではなく、いわば自然発生的な、人間という「動物」をやっていて仕方がないいわば本能です。
しかし、人間は、他の出来事に疑問を持ちそれを理論的に知ろうと思うわけです。
そして、その疑問が死に直面したとき、己の個という意識は結局どうなるのかという疑問が発生したのではないのでしょうか?
だから、その理由付けにシャーマニックな儀式、すなわち魂という概念を投入したわけです。
今で言う精神病患者に精神安定剤を投入する行為ですね。

また、そんな技術を固有技能として口伝という形で継承したり、さらに秘伝にしたりしたと思います。
それは、ちょうど劇薬を薬剤師じゃないと扱えないのと同じようにしたのではないのでしょうか?

すなわち、すべては集団を構成する上での「アイテム」だと、考えています。
ちなみに多夫多妻製にすると、いわゆる奇形児が生まれる可能性が上がると、経験則でしっていたから、宗教では多夫多妻は御法度にしているのだと思いますよ。
種の保存とは、よりすぐれた遺伝情報を、効率よく後生に残す事でもありますから。

そして、人間は集団で暮らさないとよりよい種を交配できませんから群がると思いますよ。
ついでに、「個」すなわちアイデンティティーは「他」を見ることによりより輪郭がはっきりしてきますしね。

すなわち比較対照がないと自身を意識できませんからね。



24 :名無しさん@1周年:03/01/16 03:43
age

25 :名無しさん@1周年:03/01/17 01:10
あげ


26 :名無しさん@1周年:03/01/19 04:01
age


27 :名無しさん@1周年:03/01/19 23:34
age



28 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/21 00:05
>>23
レスポンスが大変遅くなり、申し訳ありません。

和殿が仰っている事は、
本能レベルでの「種の保存」を、個体(ヒト)のレベルに還元した時に発生するのが「宗教」と云う事ですか?

つまり、「種の保存」が本能の階層で感じ(?)られ、「個人の死」が経験的認識によって意識された時、
生命の「断絶」的な事象に対しての危惧が生まれ、結果、宗教的概念が、その「断絶」の
理由付け及び、そこからの回避の為に生成されたと、云う事でしょうか。

しかし、ここでも矢張り、『種』と『個』の位階的相違がありますね。
『個』の経験は、『種』全体に対する認識に結び付くか、と云う問題と、
「種の保存」は、果たして、「本能」なのかと云う問題が残ると思います。

さて、当初からの主題である「管理」ですが、「種の保存」の為の「管理」は、
第一義的なものでしょうか。「種の保存」が本能レベルで認識されていたと仮定した場合、
個人レベルで言い換えると、「死への惧れからの回避」ですね。
(個人の生命維持では、あまりに広義なもので。全ての理知的社会行為の目的は、
 或る意味、生命維持に一括する事も可能かも知れませんので。)

29 :マリチノ ◆YXXK2xd666 :03/01/21 00:17
しかし、このスレの様に、「宗教」に関して落ち着いて
ゆっくりと話せる場がある事は、大変良い事かと、思います。

ロムしている方がいらしたら、是非、ご意見を伺いたいとも存じますが、
スレ主の>>1氏は、如何でしょうか?

30 :わさび茶漬け:03/01/21 01:13
いえ、種の保存を滞りなく行うための、集団をまとめるための、そしてその集団を有る程度統率するための、手段の一つでしか過ぎないと、僕は思っているわけです。

31 :名無しさん@1周年:03/01/21 02:05
しかし、僕自身は宗教学もなにも学んでいなくて、結局宗教儀式にはまってみたり会社で部下をいじったり、恋人に振られたりしたりして導き出した考えなんっすけどね。

32 :名無しさん@3周年:03/01/26 03:50
とにかく、宗教とは教義という戒律を利用し、人を導くという手段により集団を管理する為に生まれた方法でしかないと思うわけです。

しかし、そこから派生した哲学的な思想や、精神論、神という存在を定義した時に生まれた問題、魂という概念、生と死という考えが派生し、未だに我々を苦しめているわけです。

そして、その教義や理念や生死論などを、道具として利用するか、より洗練させるかは、その教義を身につけた人の考えになってしまうわけです。



33 :名無しさん@3周年:03/01/28 02:29
さて、関係ないが、最近思うのだけど、宗教とやくざって良く似てるよね。

なんちゅうか、シマの取り合いのありかたとか、なんとかすべて。

34 :名無しさん@3周年:03/01/28 04:02
>>32
概ね、一段目は当たってるかな。但し、
>管理するため→成長させるため、という面もある。CF;様様な”宗教”(特
に”原始宗教”と呼ばれる”慣習”等)に於ける、”儀式”なる人々の行動”
現象。
>方法でしかない→個人レベルに於いては、その方法論は成り立たない。って
いうか、個人レベルでの宗教についての考慮に欠けている。それとも、”集団”
にしか、”宗教”現象は存在しないとでも?
>しかし、そこから派生した・・・→何故、派生した等と分離するのか?ある
いは、あなたのいう”宗教”とあなたのいう、例に挙げた”派生した”とする
要素の分離理由は何か?
二段目は、ちょっと、文章がおかしいかな。
>魂という概念・・・は”神という存在を定義した時に生まれた問題”の内容
ですか?
生と死という現象が”魂”という観念に先立つ。何故、”神という存在を定義”
”魂の概念”が無ければ、”生と死という考え”が存在しないとでも?(云っ
ておくが、”・・生と死という考えが派生し”→”派生し”とあなたは書いて
いる。)
三段目も概ね、当たっていると思う。人しだいだね。しかし、何故、ここでは、
(一段目には無い)個人レベルの思考をするのか?(あなたは、”その教義や
・・・”と書いている。”その”は宗教を指すのなら(他に無いが)、論理性
を欠如している。

35 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :03/01/28 04:27
>>23
>そして、その疑問が死に直面したとき、己の個という意識は結局どうなるのか
という疑問が発生したのではないのでしょうか?だから、その理由付けにシャー
マニックな儀式、すなわち魂という概念を投入したわけです
”意識”なるものを意識したときに、あなたのいう”魂という概念”を投入した
としてるが、その時点で、人の意識と言う観念と魂という概念に差異があった、
とする根拠が薄い。(あなたは”投入した”と書いている以上、差異があると認
識してなければ、論理的ではない。しかも、”シャーマニックな儀式”と具体的
現象の例も挙げている。)

36 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :03/01/28 04:54
まあ、集団に対する、宗教現象の方法論的機能の一つとしての、”管理機能”
については否定しない。(但し、宗教”現象”であって、宗教そのものにつ
いてでは無い。)

37 :名無しさん@3周年:03/01/29 00:22
あ、たしかにそうでしたね。

ちゅうかなんか単一の宗教を指した文章になってしまったようですね。

それはともかく、宗教とはどうやって派生したのか考えたんですが、それはやはり集団的誇大妄想ではないでしょうか?

さまざまな自然現象、人間ではあがらえない現実に直面したときの、代謝行為としてそこに神や仏や精霊や妖怪を見いだしたのではないのでしょうか?

では、なぜ教義や儀式が必要なのか?

それは、そうすることで、自身を慰めいるだけに過ぎないように思います。

そして、仏教のお経や祝詞やコーランや聖書の朗読は、集団を一つにする催眠効果でしかないように思います。

さらに、呪いや心霊現象は、人が深部まで思いこんだ脅迫概念が偶発的に五感などに作用した錯覚でしかないと考える訳です。

しかし、人は人を呪ったり感謝したりするわけです。

その辺が人間の不思議かもしれませんね。

38 :名無しさん@3周年:03/01/29 00:23
「信」 + 「者」 = 「儲」

39 :名無しさん@3周年:03/01/29 00:31
ということはキリスト教は宗教じゃないな。ちっとも儲からん。

40 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :03/01/29 06:15
なんか、まだ、散らかってると思われ。
>さまざまな自然現象、人間ではあがらえない現実に直面したときの、代謝行為
 としてそこに神や仏や精霊や妖怪を見いだしたのではないのでしょうか?
>さらに、呪いや心霊現象は、人が深部まで思いこんだ脅迫概念が偶発的に五感
 などに作用した錯覚でしかないと考える訳です。
ほぼ、妥当。但し、>偶然的・・? 

>それはともかく、宗教とはどうやって派生したのか考えたんですが、それはや
 はり集団的誇大妄想ではないでしょうか?
この一文は、実に、興味深い。 キーワードは>派生した、と>集団的。
 その派生の第一歩に於いては、人々に共通した、個人的レベルの意識であった
と考える。それが、>さまざまな・・・以下、にある通り。しかし、むしろ、>>32
にある、生死の認識が先行する。
 集団の現象と捕らえれば、誇大妄想と”観察”し得る。しかし、それが、宗教
そのものであろうか?


41 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :03/01/29 06:45
宗教が何かから派生したものであるなら、それは、自らを含めた、自然に対する
認識(が先行するもの)である。それは、科学(と云う活動)と同源でしょう。
だから、我々の知識の蓄積とともに宗教も進歩が必要である。現に、宗教なるも
のの進化は、”神話”に於いて見られる。
あまりにも具体的な教義を定めてしまい、進化の鈍い、或いは出来ない”宗教”
の”現象”に於いては、あなたの観察は、ほぼ妥当といえる。
断定的な教義を定める宗教、そして逆に、人間の有限性を考慮してない教義を定
める宗教に於いて、その現象が顕著に見られるのは確かでしょう。

42 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :03/01/29 06:53
ま、私としては、「宗教とは何か?」と聞かれても、その本質は、個人に於いて
の”実存認識”に基づくもの、つまり、人それぞれに”具体的”で”多様性”を
もって存在するものだと思うんで、何とも云えないな。
(となると、神認識そのものが”宗教”になるか?)

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